White Lovers

白い世界に魅せられた社会人(記憶力低め)

転げ落ちるように加速した結果 ①~崖の淵に立った~

この間、自分が約10年位ジャニオタをしていることに気が付いた。

別に10年間阿部担だったわけではない。

というわけで、よくある担当遍歴をまとめよう。

身バレ覚悟だ(というかそもそも、IDが某SNSと一緒なので隠せてない)

 

元々、母親がキムタクと堂本光一が大好きだった。

私が小学生の時は、二人が出る番組は必ず録画させられていた。

そこでジャニーズというものに抵抗感は全くなかった。

ついでにJr.黄金期と呼ばれる時期だったので、「8時だJ」とか大好きだった。

ただ、ここで誰かにはまる。ということもなかった。

自分よりも少し年上のお兄さんたちが楽しそうにはしゃぐ番組を見ているのが、ただ楽しいだけだった。

 

ワールドカップバレーも好きだった。

小学生の時、地域のソフトバレー大会に毎年参加していたので、

バレーボールが好きだった。

だけど、その前に歌を歌うお兄さんたちには興味がなかった。

お兄さんたちの歌のコーナーは

「バレーボールが始まるまでに終わらせたいことを終わらせる時間」

だった。

記憶の中で一番ひどい扱いをしていたのはNEWSの時だ。

部活でソフトテニスをやっていたので、帰宅時間はバレー放送が始まる直前。

ただ、泥だらけの娘にはご飯よりも先に風呂に入ってほしい母の希望の元、

「NEWSが終わるまでにでるから!!」と宣言して、風呂に入っていた。

つまり、彼らのパフォーマンスは一切見ることがなかった。

 

そんなことがありつつ数年後、ヲタクのきっかけを作ったのは「花より男子

井上真央ちゃん見たさに見始めて、ドラマにどっぷりハマった。

主題歌のWISHも好きだった。たまたま同級生がCDを買っていたので、

そのCDを貸していただいた。

返すまで何度もリピートしていた。何度も何度も

作業をしながら聞いていた時、手が離せなくてあまり聞かないカラオケバージョンまで聞いていた。

カラオケバージョンが終わっても、手が離せなかった。

 

程なくして誰かが喋り出した

 

音楽CDを聞いていたはずなのに、ラジオが始まったのかと思う衝撃に、

さすがに手を止めた。

振り返ってコンポを見ると、CDは止まらず回っている。

超常現象で、ラジオに切り替わったわけではなかった。

所謂シークレットトークというやつとの出会いだった。

これが面白すぎて、嵐自体に興味が沸いた。

嵐の番組もたくさん見て、嵐のCDもたくさん借りて、

いらっしゃいませ、ジャニオタと呼ばれる世界へというわけ。

でも、最初はただの茶の間だったので、今ではあれをヲタクと呼べなかったかもしれない。

 

家が緩いような厳しいような家庭だったので、

なんとなく、コンサートへ行くってことに抵抗があった。

コンサートへ行くというと怒られるような感覚があった。

 

だが、それは錯覚だった。

私が家でいそいそ嵐の番組を見ていると、母親も自然と嵐の番組を見ており、

前述にあるが、ミーハー精神は持ち合わせていたので、一緒に楽しんでいた。

ある日、一緒にコンサートDVDを見ているとポツリと言った。

母:「嵐のコンサートなら行ってみたーい」

 

WHAT???

 

なんでそれをもっと早くいってくれないのか、

言ってくれたら、地元のアリーナにまだ来ていたのに!!

それを言った年から5大ドームしかやらなくなってたんだよ!!!!

 

自分がチキンだったことを悔やみました。

よくよく考えれば、当時高校生だった私は、お小遣いはなし、

アルバイトをして遊ぶ金や塾の月謝は自力で全て賄っていた子で、

その中で行ければ文句言う親でもなかっただろうに・・・。

 

そのあとすぐに嵐のファンクラブに入りました。

 

そして、その直後私はNEWSに転げ落ちるのです

 

それではまた次回~